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東京地方裁判所 平成7年(特わ)3489号 判決

主文

被告人を懲役二年六か月に処する。

未決勾留日数中一四〇日を刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯及び犯行の共謀状況等)

被告人は、A株式会社(以下「A」という。)の代表取締役であったものであるが、同社においては、都内や近郊各地で地上げを手がけていたところ、平成三年から翌四年にかけて、いわゆるバブル経済の崩壊の影響を受けたノンバンクや取引先の業績の悪化に伴い、Aに対する融資が中止されるなどしたため、地上げ計画を進めることができなくなるとともに、巨額な融資金の返済の目処も立たなくなった。被告人は、同社の業績が悪化する中で、更に金融ブローカー等から借金をし、その返済のために借金を重ねるという自転車操業を繰り返したが、平成三年七月ころからは金利の支払いも滞るようになり、やがてAは、挫折した地上げ計画の再開の目処が全く立たず、各種費用の支出にも満たない賃料収入が得られるだけとなり、その経営は完全に破綻して、ついに翌四年七月二四日及び同月二七日に相次いで資金不足のため不渡り手形を出し、同月三〇日に東京手形交換所において取引停止処分を受け、約五六五億円の負債を抱えて倒産するに至り、再建の見込みのない支払不能の破産状態に陥った。

被告人は、暴力団からの借金の厳しい取立てを受けていたことから、同年八月一九日、その返済資金の金策を依頼するため、港区六本木の全日空ホテルで、知人の紹介により乙山次郎(以下「乙山」という。)及び分離前の相被告人丙谷三郎(以下「丙谷」という)らと会った。丙谷は、不動産業を営むB株式会社の代表取締役であったものであるが、当時、バブル経済の崩壊の影響を受け、同社の経営状態が極度に悪化し、その運営の資金繰りに窮していたことから、被告人に融資先を紹介して仲介手数料を稼ごうと考えていた。被告人は、乙山と丙谷に対し、Aの所有不動産の一覧表を見せながら金策を頼むとともに、会社が倒産しそうであり、債権者からの追い込みに対抗できる強烈な人を紹介してほしいなどと話したが、その場では融資の仲介には至らなかった。その際、丙谷は、被告人の話から、Aが巨額の負債を抱えて倒産が必至であり、とても再建できるような状態ではないと認識した。

丙谷は、同年八月二一日、前記全日空ホテルにおいて、乙山の紹介により、右翼団体Cの名誉塾長である分離前の相被告人丁田四郎(以下「丁田」という。)と会った。丁田は、乙山から事前にAが倒産の必至な状態にある旨や被告人の前記のような要望を聞いていたが、同ホテルにおいて、丙谷に対し、Aの件を自分が取り仕切るので協力してもらいたいと求めた。これを聞いて、丙谷は、丁田がAの債権者に対し、右翼団体の威力を示して、その権利行使を妨害するなどしてなんらかの利得を図ろうとしていると思ったが、これに協力すれば、その見返りとして分け前にあずかれるものと考え、協力することを承諾した。

一方、被告人は、債権者から抵当権等を実行されてすべての財産を失うことは何とかして避けたいと考えるとともに、ノンバンクの対応、とりわけ自己の都合でAに対する融資を打ち切りながら、同社が倒産するや競売を申し立てたD株式会社(以下「D」という。)の対応に大きな不満を抱いていたところ、同月下旬ころ、乙山から「金融機関に強い人」と紹介されていた丁田からの連絡を受けて、港区六本木のC事務所に丁田を訪ねた。同事務所において、被告人は、丁田が右翼団体の幹部であると知り、さらに、丁田がバブル経済の崩壊の原因について金融機関の批判を理路整然と行うのを聞くなどして、同人を頼りになる人物と考え、丁田に対し、Aが実はすでに倒産していること、その経緯、負債額、再建の見込みも全くないことなどを説明した上、Aの債権者が抵当権等を実行して担保物件に追求してくるのを妨害して、別れた妻子の住むマンション、愛人とその父親の住むマンション及び右元妻が代表取締役である会社所有の別荘の三物件を守ってくれるよう頼んだところ、丁田はその依頼を引き受けた。

その翌日ころ、丁田は、乙山及び分離前の相被告人戊川五郎(以下「戊川」という。)を連れて、港区浜松町のA本社ビルに被告人を訪ね、戊川を被告人に引き合わせた。戊川は、右翼団体の顧問をしていたもので、かねてから右翼活動を通じて丁田と親交があり、丁田の信頼を得て、C事務所に頻繁に出入りしていた。被告人は、丁田に対し、前記三物件の確保を重ねて依頼し、その費用と報酬にしてもらう趣旨で、その他のA所有の物件や同社の所有する債権をすべて自由に処分してもらってよい旨申し出て、丁田はこれを承諾した。さらに、被告人は、丁田に各物件のリストを見せ、その求めで賃料収入のある物件の説明などをするとともに、同じA本社ビル内にあり被告人が代表取締役を務める休眠会社の株式会社E(以下「E」という。)を利用して、賃料収入をEの口座に集めることを提案した。

同年一〇月五日、丙谷は、前記C事務所に赴き、丁田及び戊川らと会ったが、丁田においては、当時、丙谷や戊川の協力を得て、Aの所有不動産に地上権や賃借権を設定し、その登記をするなどして、債権者の権利行使を妨害し、被告人の前記の依頼に応えるとともに、それによって利益を得ようと企てていた。また、戊川においても、そのころにはすでに丁田から話を聞くなどして、Aが破産状態にあることはもとより、被告人の三物件の確保の依頼とその他の物件等の処分の申し出の内容や、丁田の右のような企てを知り、丁田に協力して自らも利益にあずかろうと考えていた。そこで、丁田は、丙谷に対し、倒産したAの再建は不可能であるとの認識を示してから、Aが所有する各不動産に地上権や賃借権を設定してその登記をし、その権利関係に基づいて債権者と交渉すること、特に西新宿〈番地略〉の土地(犯罪事実一の土地)はF株式会社(以下「F」という。)が管理する駐車場となっているので、早急に右土地に地上権を設定すること、そして、Fからの右駐車場に係る賃料は、地上権を設定した丁田らに支払われるように同社と交渉することを指示した。丙谷は、丁田や戊川がAの賃料債権等を差し押さえられないようにするとともに、物件を占拠して法外な立退料を債権者に要求するなどして利益を得ようとしていると考え、そのようなことをすれば債権者の債権回収を妨害することは明らかであると承知していたものの、協力することによって得られる利益を期待して、丁田らに協力することにした。もっとも、丙谷がFとの交渉には二の足を踏んでいたところ、丁田の話にときどき口を挟むなどしていた戊川が、丁田に対し、自ら申し出てその交渉を引き受けた。

翌六日、被告人は、世田谷区南烏山のG総合病院に入院していた丁田を訪ね、同病院四階特別室の丙谷が同席する場において、丁田に対し、改めて前記三物件に対する債権者らの権利行使を妨害して、これらを確保してほしい旨依頼し、そのための費用と報酬にしてもらう趣旨で、後記犯罪事実に係る土地及び建物を含め、右三物件以外のAが所有する不動産や同社の有する債権について、丁田らに対する無償の譲渡や無償の地上権などの権利設定を含めて、自由に処分することを委ねる旨申し出て、丁田もまたこれを承諾した。その際、丁田は、Aの賃料債権等が差し押さえられないように、Eの役員を被告人から丁田の関係者に変更して、同社の口座に賃料収入等を集めることを提案し、被告人は、このようにして賃料収入等を丁田らが取得し自由に使用することになんらの異存もなく応じた。そして、被告人は、丁田らにこの依頼と申し出の趣旨を実現してもらうため、丁田から持参するように指示されていたA所有の不動産の権利証、A及びEの社判及び実印、被告人の実印、A及びE名義の預金通帳等を丁田に渡し、丁田はその場で丙谷にこれらを預けて、速やかにAの所有物件に地上権や賃借権の登記ないし仮登記をつけ、Eの役員変更をするよう指示し、丙谷はこれを承諾した。

このような経緯で、同日までに、丁田、戊川、丙谷及び被告人との間には、自分らの利益を図るとともに、倒産し支払不能の破産状態にあるAの全債権者を害する目的で、Aの有する不動産や賃料債権等につき、それらを丁田らないしその関係会社に無償で譲渡したり、無償の地上権を設定するなどして、債権者の不利益に処分することの共謀が成立した。

(犯罪事実)

Aは、平成四年一二月二五日に債権者H株式会社からの破産申立てを受け、平成五年四月五日、東京地方裁判所において、破産宣告がなされ、右破産は同年六月五日確定したところ、被告人は、Aの代表取締役であったものであるが、

一  丁田四郎、戊川五郎及び丙谷三郎と前記のとおり共謀を遂げた上、Aが支払不能の状態にあることを知りながら、自分らの利益を図るとともに、Aの全債権者を害する目的で

(一)  平成四年一〇月六日、東京都世田谷区〈番地略〉所在のG総合病院四階特別室において、Aが所有し、Fに駐車場として管理を委託していた同都新宿区〈番地略〉の宅地合計四七六・八四平方メートルについて、前記のとおり、被告人において丁田らに対し自由に処分することを委ねて無償の地上権の設定を容認し、その結果、権利者をEとし、目的を鉄筋建物所有、存続期間を六〇年間とする地上権を無償で設定させた上、同年一一月四日、同区北新宿一丁目八番二二号東京法務局新宿出張所において、登記官をして右地上権設定の仮登記をなさしめ

(二)  同年一〇月六日、前記G総合病院四階特別室において、前記(一)記載の土地に係る駐車料金受領債権を、前記のとおり、被告人がEに無償で譲渡した上、同年一二月二八日ころから同五年三月三一日ころまでの間、前後四回にわたり、Fから駐車料金合計二二三万四八二一円を同都港区芝大門二丁目五番五号三菱銀行浜松町支店のE名義の普通預金口座に振り込ませ

二  丁田四郎及び戊川五郎と前記のとおり共謀を遂げた上、Aが支払不能の状態にあることを知りながら、自分らの利益を図るとともに、Aの全債権者を害する目的で

(一)  平成四年一〇月六日、前記G総合病院四階特別室において、Aが所有し、I株式会社に駐車場として賃貸していた同都中央区〈番地略〉の宅地二五九・三三平方メートルについて、前記のとおり、被告人において丁田らに対し自由に処分することを委ねて無償の地上権の設定を容認し、その結果、権利者をJ有限会社(以下「J」という。)とし、目的を鉄筋コンクリート造建物所有、存続期間を六〇年間とする地上権を無償で設定させた上、同年一二月二二日、同都千代田区大手町一丁目三番三号東京法務局において、登記官をして右地上権設定の仮登記をなさしめ

(二)  同年一〇月六日、前記G総合病院四階特別室において、Aが所有する同都中央区〈番地略〉所在の居宅鉄骨造陸屋根、地下一階付五階建延二八二・六九平方メートルについて、前記のとおり、被告人において丁田らに対し自由に処分することを委ねて無償の譲渡を容認し、その結果、同建物をAからEに無償で譲渡させた上、同五年三月八日、前記東京法務局において、登記官をして同建物の所有権移転登記をなさしめ

三  丁田四郎及び丙谷三郎と前記のとおり共謀を遂げた上、Aが支払不能の状態にあることを知りながら、自分らの利益を図るとともに、Aの全債権者を害する目的で、平成四年一〇月六日、前記G総合病院四階特別室において、前記I株式会社からの前記二(一)記載の土地の賃貸料金(月額五五万円)等が振り込まれるK人形町支店のA名義の普通預金口座の預金払戻請求権を、前記のとおり、被告人が丁田及び丙谷に無償で譲渡し、同月二〇日から同五年三月二六日までの間、前後一〇回にわたり、同都中央区日本橋人形町二丁目一四番一四号同支店の右普通預金口座から、合計四五九万六二〇〇円を払い戻して丁田及び丙谷において領得し

四  丁田四郎と前記のとおり共謀を遂げた上、Aが支払不能の状態にあることを知りながら、自分らの利益を図るとともに、Aの全債権者を害する目的で、平成四年一〇月六日、前記G総合病院四階特別室において、Aが己原花子と共有していた鹿児島県西之表市〈番地略〉の山林二万五七一七平方メートルの共有持分権(持分二分の一、購入価格一五〇〇万円)について、前記のとおり、被告人において丁田らに対し自由に処分することを委ねて無償の譲渡を容認し、その結果、同土地の共有持分権をAから前記Jに無償で譲渡させた上、同五年一月二八日、同市西之表九七八六番地鹿児島地方法務局種子島出張所において、登記官をして同土地の所有権(共有持分権)移転登記をなさしめ

もって、破産財団に属する財産を債権者の不利益に処分した。

(証拠)〈省略〉

(補足説明)

一  弁護人及び被告人の主張

弁護人は、「被告人は、公訴事実記載の具体的な事実に関する共謀は行っていない。被告人には、Aの全債権者を害する目的はなかった。」旨主張する。また、被告人は、捜査段階においては、公訴事実をすべて認める旨の供述をしていたが、公判廷において、弁護人の右主張に沿う供述をし、さらに、破産状態にあることの認識がなかった旨の供述をする。そこで、以下に検討する。

二  共謀について

1  関係各証拠によれば、平成四年一〇月六日までの本件の一連の経緯として、冒頭の「犯行に至る経緯及び犯行の共謀状況等」に判示した各事実(ただし、ここでは、末尾の共謀の成立を認定した部分を除く。)が認められる。右に認定したとおり、被告人は、同日までに再三、丁田に対し、三物件に対する債権者らの権利行使を妨害して、それらを確保するよう依頼し、そのための費用と報酬にしてもらう趣旨で、三物件以外のA所有の不動産その他の財産につき、丁田らないしその関係会社に対する無償譲渡や無償の地上権設定などの権利設定を含めて、自由に処分することを委ねる旨申し出て、同日、右処分権限を行使させるため、丁田に権利証、実印、預金通帳等を渡したこと、一方、丁田は、戊川と丙谷の協力を得て、Aの所有不動産に地上権や賃借権を設定し、その登記をするなどして、債権者の権利行使を妨害し、被告人の右依頼に応えるとともに、それによって利益を得ようと企てて、右依頼等を受け入れ、戊川と丙谷もまた右企てに加わったこと、こうして、同日までに、被告人と丁田らとの間で右のような合意ないし意思連絡を遂げたこと、以上の事実は明らかである。

もっとも、被告人は、公判廷において、「Aを再建させようと考え、丁田には債権整理を依頼していた。平成四年一〇月六日、G総合病院で丁田と会って、権利証、実印、通帳等を渡したとき、丁田との間で、依頼の趣旨やこれらを渡す目的について、お互いに何も言わなかった。物件に地上権や賃借権をつけるという話は出なかった。」などと、右認定に反する供述をする。しかしながら、右供述は、当時の手帳の記載を踏まえて事実を率直に語り、高度の信用性が認められる丙谷の検察官調書、これに大筋において符合し相互に信用性を補強し合っている被告人の検察官調書その他の関係各証拠と大幅に齟齬している上、その内容も曖昧かつ不自然であり、前後に矛盾がみられ、さらに、後述のとおり、被告人のその他の公判供述が信用し難い内容であることからしても、到底信用できない。

2  その後の経緯をみると、関係各証拠によれば、被告人は、同年一〇月中旬、丙谷に対し、同月六日丁田に渡した渡した預金通帳の口座から払い戻した金を、各物件の登記手続費用の支払いや丙谷の会社の資金繰りなどに使ってもらえばよい旨述べ、以後、丁田の了解も得た丙谷や丁田自身が犯罪事実三の預金口座から払い戻した金を費消したこと、丙谷は、同月中旬から下旬にかけて、同月五日と六日の丁田からの指示に基づき、犯罪事実一(一)の土地を含むA所有の多数の物件について、司法書士に地上権や賃借権の仮登記の申請手続を依頼し、そのころ、被告人は、丙谷から右司法書士を紹介され、丙谷が登記申請手続を進めていることを知ったこと、その後、右申請により、犯罪事実一(一)のEを権利者とする地上権設定仮登記などがなされたこと、被告人は、同年一一月上旬ころ、丁田の求めに応じて、A及び被告人の有するすべての物件及び金品を丁田に差し上げる旨の同年七月三〇日付けの文書を作成するなどし、さらに、同じ時期に、改めて丁田に対し、三物件の確保を依頼し、その他の物件等の処分を委ねていること、同年一一月一九日、丁田はC事務所で、別の司法書士に対し、Aや被告人所有の多数の物件に地上権や賃借権の仮登記をつけるように概括的に依頼し、同席した被告人もその旨依頼したこと、以後、戊川は、丁田の窓口として、司法書士に対し、その都度、個々の物件につき権利者名義やどういう内容で仮登記申請をするか指示し、その結果、犯罪事実二(一)の土地のJを権利者とする地上権設定仮登記などがなされたこと、同二(二)の建物のEに対する所有権移転登記も、同様に戊川が司法書士に指示して申請させたものであること、被告人は、FがEの口座に犯罪事実一(一)の土地の賃料(駐車料金)を振り込むようにとの戊川からの要求に応じなかったため、同年一二月下旬、Eの代表取締役に就任した戊川からの要請でFの社長に依頼し、その結果、Fは、犯罪事実一(二)のとおり、右口座に右賃料を振り込むようになったこと、平成五年一月上旬、被告人は、丁田から犯罪事実四の土地のことで○○ことLと打ち合わせるように言われ、Lから将来右土地にCの事務所を建てる計画を聞かされ、Cやその関係会社に共有持分権の移転登記手続をすることを了解したこと、その後、丁田の意を受けたLが司法書士に登記手続を依頼し、犯罪事実四のJに対する共有持分権移転登記がなされたことなどの各事実が認められる。

3  以上の事実を前提として、被告人に具体的な各犯罪事実に関する共謀が認められるか否かを検討する。

まず、犯罪事実一(二)、三の金銭債権の無償譲渡等については、1のとおり、平成四年一〇月六日、被告人は丁田に対し、三物件以外のすべての財産の自由な処分を委ねる一環として、賃料収入等を丁田らが取得し自由に使うことを承諾し、その入金先の預金通帳等を渡すなどしており、その後も2のとおり、一貫して右承諾の趣旨に沿った行動をしているのであるから、右無償譲渡等は1の経緯で遂げた合意ないし意思連絡に基づき直接なされた不利益処分行為であって、右合意ないし意思連絡をその共謀と認めることができる。

次に、犯罪事実一(一)、二(一)の各無償の地上権設定及びその仮登記、同二(二)、四の所有権ないし共有持分権の無償譲渡及びその登記についてみると、確かに弁護人主張のとおり、被告人は、同日を含めて、丁田らに対し、これらの権利設定や権利移転の個別具体的な意思表示をしたことはなく、その後の登記手続にも直接関与していないことが、関係各証拠により認められる。しかしながら、1のとおり、同日までに前記のような合意ないし意思連絡を遂げ、被告人は、同日、これに基づく処分権限を行使させるため、丁田に権利証、実印等を渡したこと、2のとおり、丁田らが右処分権限を行使した結果として、前記の地上権設定及びその仮登記等の各処分行為がなされたこと、同日以降も被告人は、自由な処分を委ねたものである旨再確認していたこと、被告人にとって、右各地上権の設定は、丁田らに賃料収入等を取得させるために当初から予想していたものであり、所有権等の移転も、その処分先を含めて何ら意外でもなければ、異存のあるものでもなかったこと、それらの登記手続も、被告人は概括的ながら承諾していたことなどからすると、これらの各不利益処分行為も、前記合意ないし意思連絡に基づき行われたものであり、右合意ないし意思連絡により、その共謀が成立したものと認めることができるのであって、弁護人主張の事情は、被告人に共謀を認める妨げとはならないというべきである。

したがって、弁護人の主張は採用できない。

三  全債権者を害する目的について

関係各証拠によれば、被告人は、平成四年九月下旬ころまでに、Dの専務から話を聞くなどして、地上権を設定しその登記や仮登記をすれば、抵当権等の実行に大変な妨害になると明確に認識したこと、前記のとおり、被告人は、丁田らに対し、三物件の確保の依頼に伴い、Aのその他の財産を自由に処分することを委ね、賃料収入等に関する金銭債権を無償で譲渡し、所有不動産の無償譲渡や無償の地上権の設定などを容認したもので、これらの処分行為により、Aの債権者の債権回収が妨害されることは明らかであったこと、被告人は、丁田に対し、前記の依頼をするに際して、「Dを特に強く攻めてください。」と述べたが、被告人が自由な処分を委ねたのは、同社の担保物件に限られなかったことが認められ、これらの事実によれば、被告人には、単にDだけではなく、Aの全債権者を害する目的があったことは明白であり、弁護人の主張は採用できない。

四  破産状態の認識について

後述のとおり、破産法三七四条一号の詐欺破産罪が成立するためには、行為当時に現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態にあることが必要であり、行為者によるその旨の認識も必要であるところ、被告人は、公判廷において、「(1) 破産管財人に会うまで、Aが破産状態にあると意識したことはなかった。(2) 平成四年一〇月初めころまで、Dから援助が受けられると考えていたので、Aの再建が可能であると信じていた。」旨供述する。

しかしながら、関係各証拠によれば、冒頭の「犯行に至る経緯及び犯行の共謀状況等」に判示したとおりの経緯をたどって、Aは取引停止処分を受けたこと、その負債額は極めて巨額のものであったこと、そのころ、Aが手がけていた地上げ計画で進行中のものは全くなく、再開の目処もなかったこと、主要な資産である不動産にはことごとく価格を大幅に上回る額を被担保債権額もしくは極度額とする抵当権ないし根抵当権がついていたこと、地価はなお大きく下落し続けていたことなどの事実が認められる。これらの事実によれば、平成四年一〇月六日当時、Aは、客観的に支払不能の破産状態にあったものと認められる。

そして、破産申立てに関してみても、関係各証拠によれば、同年七月末ころ、被告人は、猪瀬敏明弁護士に会社が倒産した件で相談し、同弁護士から「このままでは破産になる。」旨聞いたこと、Aの債務保証をしていたH株式会社(以下「H」という。)は、同年二月ころから、Aが滞納した利息の代位弁済を余儀なくされていたところ、同社の倒産を受けて、同年八月下旬、再建計画等を明らかにしない被告人に対し、猪瀬弁護士を介して、破産申立てもありうる旨伝えたこと、同年九月上旬、被告人は、H側の弁護士と会ったが、要求されていた再建計画等に関する書類を何も持参せず、納得させる説明もできなかったことから、右弁護士から、破産申立ても辞さない旨伝えられたことなどの事実が認められる。

さらに、Aの再建を信じていたとの被告人の供述に関しては、関係各証拠によれば、被告人は、同年九月二二日、Aの所有物件に地上権をつけないことと引き換えにDに融資を要求し、同月二五日、一二六〇万円を借り入れたが、同月三〇日には、Dとの約束を無視して地上権設定仮登記をしたこと、同年一〇月半ばには、Dに対し、知人の援助が得られなくなったと一方的に伝えただけで、以後は所在を明らかにせずに連絡を絶ったこと、したがって、再建にあたって、Dに融資を期待できるような状況ではなく、Dもそれ以上の融資をする予定は全くなかったこと、被告人は、H等に対しても、具体的な再建計画を明らかにしておらず、また、丁田との間においても、具体的な再建計画を図ったことはないことが認められる。

以上の各事実によれば、被告人の前記(1)、(2)の供述が到底信用できないものであることは明らかであるとともに、被告人は、同年一〇月六日当時、Aが支払不能の状態にあることはもとより、Hから破産申立てを受けるおそれが強いことさえも認識していたものと認められる。したがって、被告人には、現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態にあることの認識が十二分にあったものと認められる。

五  まとめ

以上の次第で、被告人が丁田らと共謀の上、本件各犯行に及んだことは、これを優に認定することができ、弁護人及び被告人の主張は採用できない。

(法令の適用)

罰 条 包括して破産法三七六条、三七四条一号、平成七年法律九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条

未決勾留日数の算入 改正前の刑法二一条

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、仮に公訴事実が認められたとしても、以下の諸点からすると、本件行為について破産法三七四条一号の詐欺破産罪は成立しないと主張するので、以下に判断する。

一  弁護人は、「本罪の構成要件は、『破産財団に属する財産を隠匿、毀棄又は債権者の不利益に処分すること』であり、破産財団とは『破産者が破産宣告の時に於て有する一切の財産』(破産法六条)と定められているところ、本件で行われた地上権設定、所有権移転登記等の行為はいずれも破産申立て前の行為であって、破産法六条の破産財団には属していない財産の処分行為であるから、本罪の構成要件には該当しない。仮に本罪が破産宣告前の行為をも罰しようとするのであれば、『破産財団に属すべき財産』と規定すべきであるから、条文上の不備があり、このような不備のある規定により処罰することは、罪刑法定主義に反し許されない。」と主張する。

しかし、破産法三七四条にいう破産財団とは、同法六条に示されているいわゆる法定財団を指すのであり、また、同法三七四条が「破産宣告の前後を問わず」と明確に規定していることに加えて、実質的にみても、破産宣告前の行為を処罰の対象とすることができなければ同条の存在意義が大きく失われることからすると、同条が破産宣告前の隠匿、毀棄又は不利益処分行為をも処罰の対象としていることは明らかである。そうすると、同条の「破産財団に属する財産」には、破産宣告前に隠匿されるなどして否認権の行使により破産財団に回復されうる財産や、破産宣告前に毀棄により滅失してしまった財産など、隠匿、毀棄又は不利益処分行為がなければ、破産宣告時に破産財団に属すべき財産も含まれるものと解するのが相当である。そして、このような解釈は、破産法の規定から格別の困難もなく合理的に導き出しうるものであって、罪刑法定主義に反しない。

二  弁護人は、「本罪の法文の文言は、『破産宣告の前後を問わず』となっているが、これを無制限に広げるときには、国民の予見可能性を奪い罪刑法定主義に反することになるから、国民の行動基準となるような構成要件の解釈をしなければならない。ところで、一般に会社が倒産した場合、破産宣告に至るか否かは破産申立ての有無によって左右される実情にあるから、破産宣告前の明確な行動基準となりうるのは破産申立てしかない。そうすると、本罪が処罰を予定している破産宣告前の行為とは破産申立て後破産宣告前の行為であると解さざるを得ず、したがって、破産申立て前に行われた本件行為は、本罪の構成要件に該当しない。」と主張する。

確かに、破産法三七四条の法文上、行為の時期の制限がないことから、その時期をいつでもよいとすれば、処罰範囲が無限定に広がるおそれがあることは、弁護人主張のとおりである。しかしながら、弁護人主張のように当該行為が破産申立ての前か後かで区別するのは、破産申立ての時期という偶然の事情によって犯罪の成否が左右されることとなって不合理であるし、行為者間の公平に欠ける結果を招きかねない上、次のような同条の処罰根拠に照らしても、必然性がない解釈であるといわざるを得ず、採用できない。すなわち、同条に定める詐欺破産罪の保護法益は、破産手続の適正な実現によって確保される総債権者の財産的利益ということができるから、同条の行為が処罰される根拠は、債務者が自己の債務不履行の結果として、総債権者に対して、信義誠実の原則に従い、自己の財産を保全、提供し、適正な破産手続が完遂されることに協力すべきであるにもかかわらず、それを害する行為をすることにより、総債権者の右財産的利益に対する侵害ないしその危険(抽象的危険)をもたらすところにあると解される。そして、その不履行に対し刑罰をもって対処すべきほどの強度の信義則上の義務が生ずるのは、現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態にある場合と考えられるから、同条により破産宣告前の行為が処罰されるためには、行為当時において右のような状態にあることが必要であるが、更にそれ以上、破産申立てがなされることまでは要しないと解するのが相当である。これは、強制執行妨害罪において、行為の時期につき法文上は特に限定はないものの、現実に強制執行を受けるおそれのある客観的な状態の下で行為がなされることを要すると解されている(最高裁判所昭和三五年六月二四日第二小法廷判決刑集一四巻八号一一〇三頁参照)こととも整合する解釈であり、何ら罪刑法定主義に反するものではない。

そうすると、関係各証拠によれば、Aが支払不能の状態の下で本件行為が行われたことが認められるから、前記のような現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態の下の行為という要件を満たしていることは明らかである。したがって、弁護人の主張は理由がない。

三  弁護人は、「Aは、手形の不渡りを出した時点において、多額の負債を抱えて債務超過の状態にあり、債権者が破産申立てを行えば当然に破産宣告が認められるような状態にあったから、本件行為があったかどうかで破産宣告が左右されたというものではないし、破産申立人も、本件行為を知って破産の申立てを行ったものではない。ところで、判例は、『(破産法三七四条一号の)行為は、普通、一般に破産原因をひき起こす性質のものであるから、その行為と破産宣告との間に事実上の牽連関係があれば足り、その間に具体的な原因結果の関係までは必要としない』(最高裁判所昭和四四年一〇月三一日第三小法廷決定刑集二三巻一〇号一四六五頁参照)と判断しているところ、右のとおり、本件行為自体には右判例のいう『その行為と破産宣告との間の事実上の牽連関係』さえもなかったのであるから、本件行為について本罪は成立しない。」と主張する。

確かに、本件行為の有無により破産宣告が左右されたり、破産申立人が本件行為を知ったために破産の申立てを行ったものではないことは、いずれも弁護人主張のとおりである。

当裁判所も、右判例と同様に、破産法三七四条一号所定の行為と破産宣告との間には、事実上の牽連関係があれば足りると解するが、ここにいう「事実上の牽連関係」は、債務者が現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態の下で同条の行為をした後、一旦その状態を脱して正常な経済活動を再開したが、再び同様の状態に陥って破産宣告が確定したような場合にまでその行為が処罰されるのは相当でないことから、そのような事態を避けるために要求されるものであり、したがって、行為時に存在した、現実に破産宣告を受けるおそれのある客観的な状態がそのまま継続して破産宣告の確定に至ったという関係を指すものと解するのが相当である。

そうすると、関係各証拠によれば、本件行為時に、Aについて、右のような状態が存在し、これが継続して破産宣告の確定に至ったことが認められ、事実上の牽連関係が存在することは明らかである。したがって、弁護人の主張は理由がない。

四  弁護人は、「本件の地上権設定仮登記は、いずれも抵当権又は根抵当権が設定されている物件になされたものであるが、抵当権者には破産法上別除権が認められており、破産手続にかかわらず、担保物件から優先的に弁済を受ける地位にあり、担保物件が競売されれば、地上権設定仮登記は抹消されるから、このような地上権の設定及びその仮登記がなされても、破産手続を害するものではない。その上、競売手続に移行した場合には、別除権を考慮して犯罪とならないのに、たまたま抵当権者が競売手続をとらず、任意売却の方針をとっている場合には犯罪が成立するということになれば、債権者が地上権設定仮登記の存在を知って競売手続をとることをやめると、地上権設定仮登記をつけた者に犯罪が成立することになって、犯罪の成否が債権者の意思により左右される結果となる。このような結論は、罪刑法定主義の観点からも、破産法の趣旨からも妥当でない。」と主張する。

確かに、関係各証拠によれば、本件で問題となっている犯罪事実一(一)、二(一)の地上権設定仮登記は、抵当権ないし根抵当権にそれぞれ劣後していることが認められる。また、抵当権者(根抵当権者も含む。)には、破産法上別除権が認められており、担保物件が競売されれば、抵当権に劣後する地上権設定仮登記は抹消されることも弁護人主張のとおりである。

しかしながら、前記のとおり、破産法三七四条にいう破産財団は同法六条に示されているいわゆる法定財団を指すものであり、さらに法文上の限定もないことからすると、同条の「破産財団に属する財産」には別除権の対象となる財産も含まれ、したがって、抵当権が設定された物件に対する隠匿、毀棄又は不利益処分行為も、同条一号の構成要件に当たるものと解するのが相当である。そして、無償の地上権を設定しその仮登記をする行為は、所有権の使用収益権能をいわば無償で譲渡する行為であって、贈与と同様に、類型的に見て債権者全体に絶対的な不利益を及ぼす行為であるということができるから、同法三七四条一号の不利益処分行為に該当し、処罰の対象となるものというべきである。ところで、弁護人主張のとおり、抵当権に劣後する無償の地上権が設定されその仮登記がなされても、別除権の行使、具体的には抵当権の実行としての競売により、その地上権は効力を失い、仮登記が抹消され、抵当権者が当初から予定されていた優先弁済を受けるだけで、結果的には、破産債権者の全体の財産的利益には、実害を及ぼさないことになる場合もあるであろう。しかし、無償の地上権の設定とその仮登記がなされたことの事実上の影響により、対象物件自体の価格が低落し、その結果、抵当権者への弁済後の一般の破産債権者に配当すべき剰余金が減少したり、抵当権者が債権の十分な満足を得られず、その残額につき一般の破産債権者の立場に立つことになったり、あるいは満足の得られない債権の残額が増加するなどして、破産債権者の全体の財産的利益に実害が及ぶこともある。また、場合によっては、被担保債権の弁済等により、抵当権自体が消滅することも考えられる。さらに、当初から売却代金の一部を配当財団に組み入れることが予定されている任意売却の場合には、同じく対象物件の価格の低落により、破産債権者はまさに実害を被ることになるのであるが、このような任意売却を選択することは、抵当権の設定された物件において常にありうるところである。そして、そもそも同条の罪は、債務者が所定の目的をもって所定の行為をすることによって成立し、債権者に実害が発生することを要件としないいわゆる抽象的危険犯であるから、実害が生じない可能性があり、また、結果的に実害が生じなかったとしても、犯罪の成立を妨げるものではない。そうすると、弁護人が批判するように競売手続か任意売却かによって、犯罪の成否が左右されるものでないことも明らかである。したがって、弁護人の主張は理由がない。

五  弁護人は、「本来破産宣告があるまでは、債務者が自己の財産を自由に処分できるのであって、債務者の経済活動が否定されるわけではない。本件の賃料等の債権譲渡も丁田らに対する銀行との交渉の報酬の前払いとしてなされたものであるから、破産手続とは関係ない自由な経済活動の範囲内にあるものとして許容されるべきである。」と主張する。

確かに、債務者が最低限度の生活を維持するためにする財産の消費ないし処分などのように、総債権者に対する信義則に反する態様のものでない場合には、破産法三七四条一号所定の不利益処分にあたらないものと解する余地があるが、判示のとおり、被告人は丁田らと共謀の上、自分らの利益を図るとともに全債権者を害する目的で、賃料等の金銭債権を譲渡したことは明らかであるから、本件の債権譲渡が破産手続とは関係ない自由な経済活動の範囲内にあって許容されるものとは到底いえない。したがって、弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

本件は、破産に瀕した不動産会社の代表取締役であった被告人が、債権者の権利行使により会社の財産をすべて失うことをおそれ、右翼団体の名誉塾長にその妨害を依頼し、右名誉塾長やこれに協力することにした共犯者らと共謀の上、破産会社の所有不動産に、実体のないいわゆるダミー会社や右名誉塾長が実質的に代表者を務める会社を権利者とする無償の地上権を設定して、その仮登記をしたり、破産会社から賃料収入に関する金銭債権や所有不動産を右ダミー会社等に無償で譲渡して、破産財団に属する財産を債権者の不利益に処分したという事案である。

不利益処分の内容は、右のとおり、資産価値が非常に高い都心の更地に対する地上権の無償設定や都心のビルの無償譲渡、さらに破産財団にとって貴重な現金収入となるべき合計六八三万円余りの金銭債権の無償譲渡であり、それぞれ重要な価値を有する財産を対象としており、その行為自体をみても看過し難い行為である。その上、処分された不動産物件については、破産手続開始後、破産管財人は、抵当権者の了解を得て任意売却を行い破産財団を充実させようと考えていたが、共犯者やその関係者が一部物件を占拠していた上、本件仮登記や登記の存在が対象物件の適正な価格による迅速な換価の著しい障害となることは必定であるため、否認訴訟の提起を余儀なくされ、不要の労力と出費を強いられる結果となった。このように、被告人らの行為は、破産財団の充実を損ない、破産債権者に損害を及ぼし、あるいはその危険をもたらしたものであり、犯行の結果は重大である。また、犯行の態様も、破産会社所有の多数の不動産に地上権や賃借権を設定し仮登記を経るなどして、債権者の権利行使を妨害するとともに、不正に利得を図る計画の一環として行われたもので、ダミー会社を利用するにあたり、ダミー会社と破産会社との関係を不分明にするため、ダミー会社の役員変更手続をするなど巧妙な方策を講じており、計画的かつ悪質である。被告人は、右翼団体の威力を背景に本件の一連の計画を実行すれば、債権者の債権回収を著しく妨害することを十分認識しながら、別れた妻子や愛人のために財産を確保したいという極めて自己中心的で、また、債権者に対する信義に著しく反した動機により、犯行に及んだものであり、その動機に酌量の余地は乏しい。被告人は、右翼団体の名誉塾長に自ら話を持ちかけ、本件犯行の原因を作ったもので、被告人の右依頼がなければそもそも本件犯行はありえなかった上、ダミー会社の利用を自ら提案したり、譲渡した金銭債権の債務者に新たな支払先を指示するなど、犯行において、重要な役割を担った部分も見受けられる。その上、被告人は、公判段階に至って否認に転じ、曖昧かつ不合理な弁解を繰り返しており、真摯な反省の態度は認められない。加えて、昨今、暴力団等の組織の威力を背景とした不動産競売手続に対する妨害事犯が多く見聞され、一般予防の見地からも、この種事犯に対する厳しい対処が要請されていることをも併せて考慮すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

そうすると、破産管財人の努力により勝訴判決が確定するなどし、各物件の仮登記及び登記は既に抹消され、または、抹消される目処がついていること、被告人の会社が破産状態に陥った原因には、債権者側の対応も関わっていること、被告人の前科は、経済事犯であるが、二十数年も前のものであること、被告人の監督を申し出ている者が存することなど、被告人にとって有利な情状の一切を考慮しても、主文掲記の実刑をもって臨むのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官 村瀬均 裁判官 西田眞基 裁判官 大寄淳)

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